株式会社鳥越ネットワーク
代表取締役会長 鳥越 和廣さん
PROFILE
1975年10月、この国のより良い「食」を支えたいという情熱を持って就農。1980年代より、当時はまだ先人たちがいなかった農薬や化学肥料に頼らない有機農業に着手。以降、試行錯誤しながら安心安全でおいしい米や野菜の栽培に尽力する。1990年よりグリーンコープと取引開始。実息の社長就任に伴い、2021年11月より現職。
人や自然にやさしい「食」を叶える
農業でしあわせに生きていく。
脱炭素社会に向けて、どんな取り組みを行っていますか?
約40年前から有機農業に情熱を注いできました。もちろん、当時は脱炭素社会という言葉はありませんので、動機は生産者としてより良い作物を提供したいという一途な思いから。わたしのやってきた有機農業が、地球温暖化や環境問題の解決につながると意識するようになったのは近年になってからです。実際、国や各機関の発表により、有機農業に移行すると農薬や化学肥料を製造する際に出るCO₂の削減に貢献できるほか、昔ながらの土づくりによって田畑がCO₂の吸収源としてより効率良く機能することが広く知られるようになりました。
有機農業を始める大きなきっかけは、竹熊先生(菊地養生園)の講演会への参加。そのなかで「あらゆる命は、食べ物でつくられている」という本質に気づかされ、衝撃を受けました。もう一つの理由は、遊びがてらに農場に連れてきた幼かった息子が、農薬まみれの野菜を口にし、その光景を目の当たりにしたこと。瞬時に脳裏をよぎったのは、「家族に食べさせたくないものをつくって意味があるのだろうか」という疑問。こうした出来事がターニングポイントとなり、誰もが安心しておいしく食べられる作物を多くの人々に届ける農家になろうと心に決めました。
どんな思いで有機農業に取り組まれてきましたか?
わたしがまだ若くて現役の盛りだった頃、農業は「3K」の仕事と言われていました。確かに土を触れば汚れますし、体力だって使います。大型の農機を操作すれば、危険だって付き物です。ただし、当時は有機農業という無謀な挑戦をする生産者はほぼいませんでした。人がやっていないことを、やってみたい。そこに道がないなら、つくればいい。まさに開拓者精神で、夢中になって無農薬の米や野菜づくりに打ち込んだことを覚えています。農業に誇りを持っていましたし、世間で評価される医師や弁護士などと同じように、「人に選ばれる仕事」にしたいという思いもありました。もちろん、安心安全な食べ物をつくるという使命感が原動力になっていたのは言うまでもありません。
時代が変わり、世界的に持続可能な社会の実現をめざす動きになっている昨今。約半世紀にわたって取り組んできた有機農業が、その一助になっていることをわたし自身とてもうれしく感じています。自然相手の仕事をする農家として、これからもより良い地球環境に貢献できれば幸いですね。
ご自身の有機農業に対するこだわりとは?
農業は主観的なものではなく、理論的であるべきというのがわたしのポリシーです。ただ、有機農業を始めた頃は、先人たちがおらず、手本や教科書もない状態だったので、実践から学ぶしかありませんでした。当然、結果は失敗の連続。原点に立ち戻って土づくりから見直そうと決めたわたしは、答えに近づくヒントを求めて九州各地の農家を回ってみることにしました。そこで見つけたのが、河川敷の草を堆肥にする方法です。当時、河川敷の草は単なる産業廃棄物。すでにその頃、牛や豚の糞などの動物性の堆肥より、植物性の堆肥を積極的に使った畑の方が病害虫の発生が少ないということを知ったので、それを有効活用すれば、上手くいくかもしれないと考えました。
試行錯誤の末、河川敷の草8割、牛糞2割の配合率で仕込んだ堆肥プラス乳酸発酵した河川敷の草を使った土づくりを開始。すると、農薬でも抑えられなかったセロリの病気がなくなるなど、健康的な野菜が育つようになったのです。まさに経験から実感した土のチカラ。それは、正しく自然と付き合えば、
正しく作物が育ち、人や地球にやさしい持続型の農業を実現できると確信した瞬間でもありました。
有機農業を行うなかで良かったと感じるエピソードは?
当社ではグリーンコープの組合員さんを対象に、自社農場での交流会を年に20回以上開催しています。農業の現場を説明する場合、言葉ですべてを伝え切るのが難しいのが実状です。そこでどんな環境で、どんな風に栽培されているのかを実際に見ていただき、普段食べている野菜の安全性や有機農業の実態を知ってもらうのが交流会の大きな目的です。つくる人と食べる人が互いに手を取り合って、農業や環境、安心安全な食のあり方を考える機会になればという思いもあります。
これは、ある回での出来事です。3~4才くらいの小さなお子さんを連れた組合員さんが交流会に参加されました。ビニールハウスでの収穫体験の際、そのお子さんが採りたてのミニトマトをパクリと食べたのです。よく話を伺うと、もともと野菜が好きではなく、トマトを一度も食べたことがなかったそうで、親御さんとしてもとても驚いたご様子。しかも、よほどおいしかったのか、その後、もっと食べたい仕草をしながら泣きじゃくっていました。このことは生産者としてうれしく感じる一方で、子どもたちの野菜嫌いの一端は農家にも責任があるのかも知れないと考えるきっかけとなり、より良い有機農業を追求する糧となりました。